2014篠ノ井報告会丹羽社長



丹羽社長が3月に退任する事になりました。




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3・AC長野パルセイロの運営会社「長野パルセイロ・アスレチッククラブ」の丹羽洋介社長(74)が、任期(2年)満了で3月に退任することが7日分かった。後任には同クラブのマーケティングアドバイザーを務めている堀江三定氏(56)が就任する方向だ。


(中略)


丹羽社長は「新しいスタジアムで始まる次のシーズンは、新しい体制で、迎えることが望ましい。男女チームの同時昇格という目標はもちろん、クラブの10周年(2016)に向け新たなチャレンジを始めなければならない」と説明。「2年間パルセイロを支えてくれた皆さまに心から感謝申し上げたい」と話した。

堀江氏は同クラブが株式会社となった07年から12年まで取締役を務めた。設備工事販売の松田・南信代表取締役会長で、県サッカー協会副会長・長野市協会会長。
 
1月8日 信濃毎日新聞より




入替え戦第2戦後、サポーターたちと一緒に電車で帰る道中


子どもたちにお菓子を配ったり、昇格できなかったことを詫びてまわってた姿


忘れません。


パルセイロの事のみならず、地域の発展やサッカー文化の定着にご尽力された姿勢は


本当に頭が下がります。


今後もパルセイロの為に、何かしらの形でかかわって頂きたいと


個人的には思います。


今まで本当にありがとうございましたm(__)m 



丹羽洋介
1940年中国上海生まれ、広島県出身の元サッカー日本代表・指導者。
1971年現役引退を表明。その後社員として東洋工業/マツダに務め、1987年に長野に転勤する事になった。
マツダ社員時代、長野に転勤した際には「今まで培ってきた技術の知りうる情熱を少年たちに伝えたい」という一心から、勤務先の通学エリアである裾花小学校に少年サッカークラブの設立を呼びかけ、1988年に裾花フットボールクラブを設立。1990年には長野市サッカー協会副会長、1994年には長野市サッカー協会会長を務める。2004年からは長野県サッカー協会会長となり、2010年北信越サッカー協会会長に選出され、長野県をはじめ北信越サッカーの育成に尽力する。長野県サッカー協会会長を退任後2012年7月より、AC長野パルセイロのスーパーバイザーに就任。2013年からはAC長野パルセイロの運営会社である長野パルセイロ・アスレチッククラブの社長を務めることとなった。Wikipedia