ドバッシーのフォルサ☆パルセイロ

引退を表明したGK諏訪雄大選手の、FMぜんこうじ『ドバッシーのフォルサ☆パルセイロ』内での一問一答です。(一部抜粋)


―― どんな形でパルセイロからオファーが来たの?
諏訪:その当時、宇野沢と麻生さんと僕と3人オファーがあって、宇野沢祐次とセットみたいな(笑)


―― 在籍していた6年で1番の思い出は何ですか?
諏訪:やっぱり2013年のJFL優勝だったりだとか、天皇杯でベスト16だったりだとかその年が1番結果的にも充実してたかなっていうのはありますね。


―― ギラヴァンツ戦のPKは嬉しかった?
諏訪:いやもう死ぬほど嬉しかったですね、PKは苦手意識があったので。それこそ宇野さんにアドバイス貰ってて「思い切ってやれよ」みたいなことを言われてたので、それが良かったんじゃないかと思いますね。


―― 止めた時は『キタ━(゚∀゚)━!』って思った?
諏訪:そうですね。でも1本目止めた時はそれで決着つかないと思ってたんで、そこでぬか喜びしたら恥ずかしいと思ったんで、まだだっていうのは思いましたね。


―― 諏訪選手にとってはどんなチームでしたか?
諏訪:すごいチームメイトが仲良かったっていうのがあるし、新潟からこっち来て『拾ってくれた』っていう恩も感じてますね。


―― 新潟と長野のサポーターの違いって何か感じた?
諏訪:応援してくれる人は身近に感じてたし、新潟の頃はJSCは学校っていう感じだったし、アルビレックスはJ1だったので、サポーターの距離っていうとそんな近くないのかなって。でも長野に来ると皆さん身近に感じてたし、そういうのは凄い温かいなっていうのはありましたね。


―― パルセイロでサッカーをやってて良かったと思う事は?
諏訪:取りあえず僕みたいな選手がプレーを続ける場を与えてもらえたことが先ず本当に感謝だし、その中でクラブも割と苦しい時に踏ん張って一緒にJFLに昇格したりとか、そういう風に運命を共にできるところが充実してました。


―― サッカー選手としてモットーにしていたことは?
諏訪:一番は楽しむって事ですかね。プロの世界になって結果に縛られてくるじゃないですか、プレッシャーだとか。その中で自分がサッカーを楽しむことを忘れてしまわないように、常に面白くなるようなそういう気持ちでやってました。


―― なぜ現役引退したの?
諏訪:自分自身のプレーがJリーガーとして値するのかっていうところが、ここ数年ずっと葛藤があったんですよね。練習試合とか大学生とかと試合をやったりするんですけど、当然大学生は僕らのことをJリーガーとして見てくるわけじゃないですか。その時に「長野パルセイロのキーパーのレベルってこの程度なの?」って思われたら嫌だなって僕は思ったんですよね。でどうもそれを維持することができないと自分の中で思い出して、プレーしてても醜態をさらすだけだなって思い始めてたんで、それだったら辞めてしまった方が良いなって。


―― 今後の進路については?
諏訪:まだ決まってはいないんですけど、自分の希望としては指導者をやりたいなとは思ってます。もともと指導者っていうのは考えてなくて、考え始めたのが去年位からですかね。美濃さん(美濃部元監督)に色々とサッカーを教わっているうちに「あ、監督業って凄い面白そうだな」って感じ始めて、それで興味を持ち始めたんです。
幅広く教えたいですね。小さい事も立ちにサッカーの面白さを教え事に今凄く魅力を感じてるし、もうちょっと上の年代でそれこそ戦術とかそういう事を考えるのも凄い面白いなって感じているのでどこじゃなきゃ嫌だってことよりも、小さい子から大人まで全て見たいなっていう気持ちですね。


―― しばらくは長野にいるの?
諏訪:指導者っていう事で長野にとどまらず、広い視野を持って考えてます。


―― 長野が好きと以前言っていたがその気持ちは変わってない?
諏訪:もちろん、6年も住んでますから。6年住んでも善光寺付近は飽きないんですよね。時間が有ったら善光寺の周りを歩いてます。観光地で色んな人がいるじゃないですか、それがもう新鮮ですよね。双子の子供を連れて散歩したり、城山なんか庭です(笑)


―― 3年連続で出演してるんで来年も
諏訪:また現状報告しに来ます。


―― 最後にメッセージを
諏訪:6年間という間にJFL昇格だとかJFL優勝だとかスタジアムが建ったりだとか色んなことを経験させてもらって、それも長野の皆さんあってのことだと思うのでホント感謝に尽きます。ありがとうございました。